第5話 モアナ感想考察その1(書き手:オヨメ)
オヨメです。
先日、『モアナと伝説の海』を観てきました。
「自分を信じるにはどうすればいいの?」というテーマが根底に流れる物語でした。
今日は、三幕の内の、第一幕の感想のような考察のようなものを書きます〜。
モアナの迷いの根っこにあるもの
モアナは客観的に見ると、幸せな環境で育った娘です。両親は優しく、村長としての将来も約束されています。
モアナ個人は海に強く憧れています。箱庭的幸福に浸って生きていくという幸せには目もくれない。海に出たいという思いを常に持っています。
この心の揺れが第一幕中、続きます。モアナは村長の娘として伝統を守ることと、海への強い憧れとの間でずーっと揺れ動き続けるのです。
モアナにとって重要な人物として描かれているのが、父親と祖母です。
伝統を守ることが大切であると言い聞かせる父と、自分の心に素直に従うことが大切であると言い聞かせる祖母。
どちらが正しいのだろう?
どちらも正しいから迷うのですね。
自分を押し殺す
「伝統を守っている人々」というのは父親以外にもたくさんいます。母親も含めた村人たちです。人数が多い方の意見が、正しく見えちゃうってときありますよね。
さらに、村長の娘への期待という重圧。
モアナは海への憧れを押し殺し「ここで村の皆と生きていく」ことを選びます。
ここ泣いたな〜。箱庭的幸福を選ぶということは、外への憧れを捨てることになっちゃうんだな、と。どちらが幸せかは本人にしかわからないですよね。
ココナッツの歌の途中でモアナの横目におばあちゃんがちらっと映るのが切なかった。
自分の心に従って行動し、失敗する
モアナが村長になるための修行を始めてしばらくすると、村に異変が起きます。ココナッツが腐り、珊瑚礁の内側で魚が取れなくなるのです。
困っている父親や村人に、モアナは「珊瑚礁の外で魚を獲ろう!」と提案します。しかしこの提案は父に強く否定されてしまいます。
異変が起こっているにもかかわらず、新しい提案を受け入れない父親の内向的な姿勢に腹を立てたモアナは、自分の心に従い、小さな船で珊瑚礁の外へ向かいました。
結果、モアナの小船は、珊瑚礁を少し越えただけで波に攫われ、転覆してしまいます。
モアナはここで初めて、自分の心に従うことは危険が付き物だ、ということを学びます。
自分を肯定する
モアナが失敗する様子を見ていた祖母が、モアナを洞窟の奥へと案内します。
そこには先祖が珊瑚礁の外の大海原へ出ていた証=大きな船がありました。
モアナはここで自分を肯定します。
「珊瑚礁の外に出るという選択は間違いではなかった!」と。
おばあちゃんの存在、本当に大きいなと思ったシーンです。おばあちゃんが居なかったら、モアナは普通の女の子になってたでしょうね。
自分を肯定する=自分を信じれるようになるのは、他者(今回は先祖)の存在や承認が不可欠なんだなあと感じたシーンでもあります。
お父さんも同じように大きな船の存在を知っていたようですが、お父さんは過去の経験(友人を海で亡くす)によってできた壁が分厚すぎたのかもしれません。海への好奇心には完全に蓋をしていました。
んで、
祖母が亡くなるという決別と、大きな闇の予感が、モアナを次の行動へと駆り立てる・・・!
という場面で第一幕は終わります。
わくわく冒険譚のはじまりはじまり〜
第一幕の「自分を信じるにはどうすればいいの?」についての回答は「先祖から学んでみよう!」って感じでしょうか?
文字にすると陳腐になるな。
二幕と三幕は、また気が向いたときに!
なお、オヨメはおばあちゃん推しです。
おしまい。